まいまいつぶろ二版

まいまいつぶろ初版

巴里ひとりある記

面白い人がいっぱいいた昭和の時代、なかでも一頭地を抜くのは女優の高峰秀子。奇人・変人の資質を開花させた高峰秀子の魅力というか魔力はまだまだ面白さの底を見せていない。その周辺をスケッチしてみたい

 まずは1955(昭和30)年に焦点を合わせてみよう。その年に高峰の本は3冊刊行されている、並べるとこうなる。

「巴里ひとりある記」新書判 (創藝社)   
  *親本は映画世界社1953(昭和28)年 
「まいまいつぶろ」(映画世界社)   
  *新書判は河出新書(河出書房)1956(昭和31)年

「高峰秀子」(河出新書写真篇5 河出書房)

 高峰秀子の初期の本はかってはほとんどが絶版で入手するのが一苦労でしたが今ではありがたいことに新装版や文庫で読むことができる。映画世界社の「巴里ひとりある記」は高峰の記念すべき最初の本、振り返っても安らぎなどなかった日々を背負い前に進むには疲れすぎた、しかし後戻りもできないそんな27歳の女性が巴里に舞いおりた記録。 当サイトが持っている親本4版の奥付を見ると2月に初版がでて4月にはもう4版と部数を伸ばし売り切れ続出だったようだ。注目すべきは装丁とイラストレーションを高峰自身が担当していること、続く「まいまいつぶろ」も同様で高峰の結婚後の第一作でのびのびと自分の足で歩き始めた本として装丁・イラストレーションが、もちろん本文もそうですがなんとも素晴らしい。左のカタツムリの絵の表紙は初版、藍色の布地に白くかたつむりが描かれて厚みのある表紙に貼りつけられている、タイトルは箔押しで無彩色、そして第二版が下の写真でカタツムリの向きが初版と逆、おおらかな遊び心といおうか当サイトも並べてみて違いに気がついた。これら昭和30年の本には布地や藍の色に高峰秀子という人の指先の感触を感じさせてくれる。
 高峰の絵は河出新書写真篇5「高峰秀子」の表紙の自画像や「まいまいつぶろ」の撮影所の裏方さんたちをスケッチした「縁の下の人たち」に見てとれるようにふっくら味があって柔らかい、 復刻版「並木座ウィークリー」にも高峰の絵や文章が数点掲載されていますが野口久光が称賛のコメントを寄せているほど。新装版の新潮社の「まいまいつぶろ」も良くできていると思いますが今ならウソみたいな安価な値段で初めて世に出たオリジンを買うことができるようだ。古本好きの方はぜひご自分で探してみてください。古本というのはスキマがあるのか<その時>だから安く買える瞬間があるのです、重い雲の合い間に突如として青空が顔を現わす、そんなタイミングですね。昭和30年版は活版印刷だということも付記しておきたい。
 
 さて、「まいまいつぶろ」は文庫本の解説で斎藤明美が記しているように高峰の随筆の原点ですが読むたびに発見がある、表面はサラッとしているのに陰影があって奥が深いせいだろうか。例えば、映画「二十四の瞳」の苦労話を綴っているところで当サイトは胸にコツンと当たるものを感じた。自然の美しさとヤンチャな子供たちと初めての老け役とオッカナイ木下監督に睨まれて、なにか名案はないかと自問自答してこう続けていく。
 
 ナイですね、もうそれこそ裸でぶつかるより仕方ありません。スキだらけのくらげのようになって「二十四の瞳」の雰囲気の中に、ただよっているより他に考えられません。
 雰囲気にただよう、しかしこれが又々、むづかしいことです。
 映画演技者が、演技以前に持たなければならぬ常識、それはその映画の、そのシーンの雰囲気をつかみ、その中にただようことです。
 但し、ただよいっ放しで、秋の雲みたいに存在明らかならず、消えてしまうのでは困ります。ただよっている内に足をふみはずしてハミ出してしまうのでは困ります。
 考えてみれば、この事、私にも出来ない事のイの一番でしたヨ。
(引用は初版102頁、ゴシックは原文の強調符、新仮名に適宜変更)) 

この文章はこれまでに何度も読んでいるはずなのに読み飛ばしていた、聡明な方だなあとつくづく思いますね。昨今は存在感というのがもてはやされる時代だから熱演型が注目を集めているように思われる、高峰の言うハミ出しですね、周りも(例えばマスメディア)ホメちぎったりチヤホヤしたりして「演技以前の常識」はどこかへ吹っ飛んでしまったようだ。成瀬巳喜男も木下恵介も黒澤明も「そのシーンの雰囲気」に合った自然な演技こそ最良と考え徹底的に不自然なものを排した、このあたりのことは高峰の演技論「忍ばずの女」に詳しい、高峰はハミ出す演技は役者として恥だと明快に指摘している。
 「スキだらけのくらげのようになって漂う」という表現にも高峰らしさというだけではなくその真意が何なのかよく判らなかったのですが後に氷解した。というのも「忍ばずの女」にはこう書かれているからだ、「「俳優の第一条件は、徹頭徹尾、柔軟な自分を持ち続けることだと私は信じている。」 これまた率直にして明快。

 
 
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高峰秀子 河出新書写真篇

 

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新潮社のPR誌「波」(2012年2月号)の表紙は松山善三、高峰秀子のお二人。下段にある筆蹟は高峰のもので署名もしている。本文には「暮しの流儀」(とんぼの本)刊行記念として安野光雅インタビューが掲載されている。「暮しの流儀」は高峰秀子が生前出版を了解していた最後の書籍にあたるという、そのなかのネコの話が(もちろん写真もたくさん)微笑ましい、家族の幸福な時間が伝わってくる。亡くなったのが2010年の12月、いつも思うことそれは高峰は東日本大震災を知らないということです。

高峰秀子の本

日本映画黄金時代と高峰秀子、高峰秀子と昭和の時代、十字架の真ん中にいるのが高峰秀子。人に連なるその山脈をたどるだけでも眩暈がするほどに広く深い。


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