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堀川惠子の本と映像

 あの頃、そして今

 2004年の暮れに当店をたちあげるまでにあちこちの古本屋さんを実店舗であれネット店であれ訪ねたり眺めたりしながら見聞を広めたり教えてもらったり、まあ大半は世間話でしたがそんな思い出があるものの少しづつ周りの様子が変わって早い話が店をたたんだり消息がよくつかめなくなったりで、好事家の間の有名店も例外ではなく後ずさりしてゆきやがては消えて、いろんな意味で寂しい限りです。あの頃、将来性ということからすればとっくに古本屋さんには翳りの色が濃くなっていたしご近所の本屋さんでは店閉まいの話題が聞こえてきていた。だから古本の衰退などと今さら蒸し返すような話ではないことは承知はしているのです。しかし根っこのところで何か潮目が変わったという印象がハッキリしてきたように感じている。そのことが一番反映されているのが価格だ。例をあげてみよう。
 晶文社で1975年に刊行された小林信彦の「われわれはなぜ映画館にいるのか」(当時の定価1,600円 以下引用の際は「映画館」と略す)が今どう古本屋で売られているか、40年を経過している本だからヤケや擦れが見られカバーの色が薄くなったり人と同じで時代がついてくる、だから状態の良し悪しがあるのは当然、しかしこれだけ売り値に幅がでているとは驚いた。当サイトの予想は軽くハズれて何とも安いというのが率直な感想、首をひねるばかり。かって神保町では「エルヴィスが死んだ」「東京のロビンソン・クルーソー」が1万円を軽く超える値段で並んでいたことを記憶している。「映画館」も結構な売り値だったはず。今は何と千円以下があり1,500円前後も結構でている。当サイトの予想は7,000円だから外れもいいところ。抑えて5,000円が相場より少し控えめでいいかなと考えていたのです。実際に8,000円とか4,000円とかの値段をつけている古本屋さんが(ほとんど例外に近い割合ですが)いらして逆にホッとしますね。まだ真っ当な常識は健在なり。「映画館」は希少本の座から脱落して普通のリサイクル本に近づいているかのようなのだ。当サイトの見るところ初代の晶文社版「映画館」は装丁、レイアウトが良く迫力を感じさせる、新編が刊行されたものの立派に本としての価値は失っていないと信じている。別格なのです。しかし世間はどうもそうは見ていない。
 全般に古本がガツンと値段が下がっている、こんなに買いやすい時代がくるとはこれまた予想していなかった。値段もそうだし検索をかければ知りたい情報を即座に知ることができる、読者としては万々歳です。しかしゆっくり滑り台から落ちていくような低価格への傾斜は少し気持ち悪いところもある。当サイトの実感として千円以下で「映画館」を売るのはしのびない、できれば売りたくない。街から本屋さんが消えジャンルを問わず軒並みに古本の売り値は下がっていき、なかでも人文・社会科学系は目を覆うばかりの値崩れではないか、そのうちご無沙汰続きの神保町へ行かなくてはと思っていますが人文社会の古書店は次々と姿を消していると聞く。(注1) かって函入りが当たり前だった高い専門書が驚くほどの値段だ、当サイトは知らぬ間に時代遅れの淵に立っていた。普通の本が置いてあるのが古本屋さんであってそれでも知らない本がいっぱいあることが古本屋さんへ行く楽しみのひとつだ、堂々たる名著もスキャンダル本もここでは横一列に棚に収まっている。安いかどうかの数字だけに置き換えられてしまうと雑本主体の普通の古本屋さんはたまったものではない。薄利多売は小さな資本を元手とする商売には向かない。いっそ普通ではない本を蒐集していこうか、センスの良い装丁の本、好事家向けの希少本、自尊心をくすぐるお洒落本。世代を絞り込んだセレクトショップ。 有名な古書街ではとっくにこうした専門性を看板にしていますが当サイトは普通こそ王道だと考えています、しかしそれでは先が細くなるばかり、すたれてゆくものの復活とか誰も見向きもしない古本に光をあてるなどといっても商売としては成立しなくなっている。苦学生が本を売って当座の生活費に変えたという話は(耐久)消費財としての値打ちを本に認めていた時代のこと、文庫本・新書があふれんばかりの量でこうなれば行きつく先は二束三文の値に近づいていく。消耗品に近い扱いが多くなるのはもはや止められない。本が多すぎる、読書する時間が減っている、むやみに作りすぎて当然売れない、ありすぎるものは価格が下がる、そして追い打ちをかけるように60、70年代が押しやられてゆく。これまで一定の価値を認められていた60、70年代モノが色褪せてきている、「映画館」を例に引いたのはそういうことなのです。文学も人文社会も例外ではない、メインのカルチャアからサブカルチャアにいたるまで60年代から70年代の煮詰まった熱い時間が軽んじられ真っ逆さま状態。この60、70年代モノは人文社会の学術研究だけではなく映画演劇音楽、テレビバラエティなど幅があって層も厚く当然後世へ引き継がれてゆくものと楽観していたのですが果たしてそうか。時間が積み重ねられ厚い基礎が築かれ裾野が広がってゆくという基本の構図の一端が剥がれて崩壊し始めている、そんな疑念をぬぐうことができない。
 今動いているもの見えているものだけが私たちの対象だといわんばかりだ。巷間よく耳にする「反知性主義」とやらが指し示すものってこういう情けない状態のことだろうか、60、70年代モノを支え同じ時代を歩いてきた方たちは第一線を退いてそれなりの時間が過ぎているし、彼らが仰ぎ見ていた映画人、作家、芸人、放送人、学者らは次から次へと旅立っていった。解明すべき分野はあまりに多くもう一度光をあて関連づける作業は残されたまま、60、70年代の時代はそれほどに豊かで多岐にわたり深いと思う。(注2)活字離れが常態化し読書への意欲も下向し続けている、「教養」ということばもすっかり時代遅れになってセピア色に包まれてしまったようだ。教養のスタイルが変化しストック型のそれから多様なフローへ移行したと言ってみても虚しいばかり。日本人の劣化とか「思考停止」とかの嘆き節もホトホト聞き飽きたけれど、今求められているのは最新のハウツウだけだというのでは貧しすぎやしないか。
 1970年を起点にすると来年(2020年)は半世紀になるというのに何とも味気ないことになっている。だから今日、「教養」のにおいを感じさせるものに出会うと心底ホッとしますね。(注3)ここで言う「教養」はリベラル・アーツと読み替えていただくと無用な誤解も少しは防げると思う。古書店主や本について語る著者たちは生涯を通して「教養」を追いかけているイメイジがある、万年書生のようだ。今の時代は一見無駄なような漂う時間がない、そして休止符を手放さないで自分の好きな方へ関心を注いでいくというかっての学生たちが当たり前のように試みていた流儀が失われているように思われる。大人も子供も何かに追い立てられ忙しすぎる、実利に走り、おトクな情報探しに右往左往していつも落ち着かない。けれども慣れてしまった便利さと刺激から距離をおくことは結構難儀だ、今日も新しいものが手招きしてるしね。60、70年代は果たして再浮上するのかどうかはかなり怪しい。何かの終わりなのか始まりなのかも見えてこない日常がすっかり私たちを覆ってしまっている、そこから脱出したいともう一人の自分が気づいているのにどうにも動けない。
 もう一度あの時代を再訪するには古本屋さんの棚の前に立ち続ける時間が、あるいはもし二番館、三番館と呼ばれていた場末の映画館が街にまだあれば暗闇に身を沈める時間が、必要だと思う。幸運なことにそれらの時代はこれから記録されるのではなくすでに活字やイラストレーション、ビデオやDVDとして、つまりは書物や映像媒体として読むことも見ることも出来る。あんなに面白い人がいっぱいいた時代、アカデミズムの森に足を踏み入れてみれば慎ましく冷静にヒューマニズムと学問について独自の足跡を残した奇人、天才たちがそこここにいた時代。その気配とか雰囲気だけでも耳をすまし身体で感じてみる価値はあるというものではないか。(注4)


(注1))2月下旬の平日に神保町古書店街を訪ねてみた。人づてに聞いていた通り癖の強い個性店も消え、人文社会系やジャーナリズムを核としていた店もなくなっていた、いつもクッキーを買い求めていた老舗の洋菓子店も見当たらず愕然とするばかり。平日とはいえそれなりに賑わっていたこと、いくつかの老舗の古書店が前と変わらない雰囲気そのままだったことが救いでした。
(注2)「いま思いおこせば、七〇年代の前半期は日本の知的高揚期にあたっていた。大学のキャンパスには、インテレクチュアリズム(知性主義)が充ちあふれ、マルクスにかわる新しい「知」の体系を、人びとは求めてやまなかった。」(「経済学への途」岩波書店 佐和隆光 122ページ)
(注3)たとえば「わたしの小さな古本屋」(ちくま文庫 田中美穂)「本屋になりたい」ちくまプリマー新書 宇田智子)の読み終わった後に残るさわやかさはどうだろう。この著者たちには、純粋培養と自由を根っこに抱えてふてぶてしさと頑固でくるんだような骨っぽさがうかがえる。
(注4)60、70年代だけを再訪すればそれで足りると言っているのではなく、そこから自然に関心の網の目はタテ軸ヨコ軸と自在に広がり時代と国を超え跳んでゆく。要するに賢明な読者に委ねればいいこと。

△今でもユウチューブで見ることができるようですが「ETV特集 死刑裁判の現場 ある検事と死刑囚の44年」と「ETV特集 永山則夫 100時間の告白 封印された精神鑑定の真実」というふたつのドキュメンタリー放送があって、当サイトも遅ればせながら見ることができた。エンドロールにある堀川惠子の名は少し前に雑誌で目にした記憶があって、ようやく映像と音、そして活字にたどり着くことが出来た。関連する2冊の著書もあって(「裁かれた命」と「永山則夫 封印された鑑定記録」 ともに講談社文庫 著者 堀川惠子)それぞれ読むことができた、さらに「死刑の基準」(講談社文庫)も読みすすめていくとアタマのなかがうずまくような感覚に襲われてくる。そこまで書くのかという鋭い分析と緻密な構成の力には震えてしまう。これら一連の作品の感動の素を追い続けていくのはシンドイことだけれど読まなかった、見なかったことにはもはやできないからね、何とも濃い時間でした。
同じ頃にユウチューブで野ブタ見られるんだと知って伝説のドラマ「野ブタ。をプロデュース」を見直した。野ブタを見たのはもうずいぶん前のことで放送は2005年のことでしたが当サイトが見たのはそれから2年ほどしてからの再放送の時だから10年ほど前のことになる、再見するのはそれ以来であの東北大震災後でははじめてだからドラマが軽くなっていないか少し心配でしたがまったくの杞憂、深く食い込んでくる迫力は微動だにしない。人は変わることができるという強烈なメッセージ、人の痛みを見つめ続ける力とそこに含まれる柔らかい空白がどれほど私たちを励まし支えてくれたことか。家族や土地を失った人々がいる大震災後も野ブタが今も新鮮なのはそのせいなのでしょう、そして不思議なことにそのまま堀川の映像と記録にも重なってくるようだ、そこに希望を見ることができる、そういうことなんだろうか?